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そうだったのか・・・・

今日、車を走らせていて偶然聞いた地元放送局のラジオ番組で
「故大倉さん」という言葉tが耳に飛び込んできた。
大倉さんといえば、一昔前いや二昔くらい前かな、新潟で知らない人はいないくらいの
名パーソナリティだったのです。

アナウンサーではないから、言葉は新潟弁丸出し・・・
気さくな人柄で中高年にとても人気がありました。
母も好きでよくラジオを聞いていました。
その大倉さんは亡くなっていたのか・・・・と
帰宅して調べてみました。

今年の7月に急死してらしたんですね・・・

実は私はラジオでお話したことがあるのです。
母に頼まれてはがきを出したら
採用されて本番中に家に電話がかかってきて
お話したのでした。

職場の先輩と食事をしているときに
取り囲むファンの人たちを振り切って
いきなり先輩のほうへ走ってきて
「しばらくだったねぇ」と話しかけ
先輩の飲み友達だったと知ってびっくりした時もありました。

一つの時代が終わった気がします。
このところ知っている人が次々に亡くなっています。

そして時の流れがものすごく早く感じる。
同じその流れに流されるにしても、
見苦しく抗らわずに淡々と流れていきたいと思っています。

亡くなられた7月にカントリーハウスに咲いていた「オニユリ」を
捧げます。
IMG_1291_20161012193249051.jpg

ハラリと、、、。

カントリーハウスに向かう道みち
ふと、子供の頃の風景が目に浮かんだ。
私が3歳くらいの頃だろうか、、、
間借りしていた薄暗い2階の部屋で
向かいには父、左隣に母がいて、ちゃぶ台を囲んで御飯時だった。
二人は交互に私に話しかけ
もっぱら私のことを話して楽しそうに笑いあっていた。
私は宝物のように、父と母のかける愛情の全てだった。
私の視界には左側の窓からの光が眩しかったことが、
映画のワンシーンのように強烈に残っている。
多分あの頃の父と母は本当に貧しい暮らしだったはずだけど
私はキラキラするような愛情に包まれて、何の不安もなく幸せだった。

あれから、時が流れ、私は父と喧嘩して怒らせたことも
母を悲しませたこともあった。
でも不思議と一度たりとも2人に愛されていないと思うことはなかった。
それほど、私はお金に換算できないような
素朴な愛情に包まれて育てられたのだろう。
そう思った途端、ハラリと涙がこぼれ、
ハンドルを握る視界が曇った。
父と母に会いたいなぁ、、。
ああ、あの幸せな小さい子供の時間に戻りたい。
ただ父と母の子供であるだけの空間にいたい。

そう思って、涙をこぼした。

カントリーハウスに着いてまた私は現実の世界に戻った。
現実は楽しく嬉しいことばかりではなく、悲しく、辛い。

いつか父と母に再会できたらいいな*\(^o^)/*
そうしたら、駆け寄って抱きつこうと思っている。
何て言おうかな、やっぱりお久しぶり〜!かな^_^

夏の過ごし方

こんな暑い夏には母を思いだします。
首に巻いたタオルで汗をぬぐいながら、くるくると雑巾がけをしていた母
冷たい井戸水に漬物桶を入れて
その中でキュウリやナスの漬物を作って
塩加減の研究に余念がなかった母。

思い浮かぶのはどれも暑い夏の姿です。

かくいう私も夏の生まれのせいか、こんな暑い夏が好き
どんなに暑くても、必ず秋風が立つと思うと
汗をかきつつ、もう寂しくなってしまうくらいです。

とはいえ今日の暑さは上等です。
家の中でさえ35度近いんじゃないかと思います。
外はどれくらいか見当もつきません。
エアコン嫌いなので、汗だくになって動いていましたが
いいこと思いつきました。
向かいのスーパーでわざわざアイスを買って、氷をもらってきました。
そして入れたのがこれ   ↓
      IMG_5318.jpg
       昔懐かしい「氷枕」です。
       

これは父と母が私の仕事中に
熱を出して一人で家にいた息子のために遠くから駆けつけて
薬局で買ってきて看病してくれた思い出の品です。
  *捨てられません、とっても。

膝に置いたり、体の一部を冷やしたりしながら家事をするのに
イイ!
  
この夏重宝しそう~!ヽ(^。^)ノ

これでこの夏は万全だな(^_-)-☆
夏の過ごし方3
  

疎開からお帰り~!

カントリーハウスの2階には疎開中のぬいぐるみがいます。
その中でも、これは一番にもって来ないといけないと思ってたのが
この二人(?)、いや二匹・・・
帰るとすぐに、お風呂場で
お湯でよく洗い、ハミングして
今ストーブの前で、くつろぎ中・・・(((o(*゚▽゚*)o)))
縮IMG_3080

   縮IMG_3081

特にこの子には、思い入れが強い・・・・・
母が入院していた頃
私が毎日ずっとついていられないから、ある日これを持って行って
「これを私だと思って、見ていてね」と言ったのだ。
その時母は「うん」とだけ言って
手にとってじっと見ていた。

そのあと、やってくる看護師さんたちも
「可愛いねぇ」と言って抱いてくれたりしていたぬいぐるみ・・・・

母が亡くなった時も、そばにいた。
だから捨てられない・・・・・・・
縮IMG_3078

   トトロも子供たちにとってはどうだったかわからないけど
   私は「私の代わりにそばにいてね」と
   この子に頼んでおいたんだ・・・・
   縮IMG_3079

リフォームで疎開していたんだけど
久しぶりに帰ってきて
お風呂にも入って
きもちよさそう~!

母の気配

姫っちさんへコメントのお返事を書いていて
はたと気がついたんだけど

今日は母の命日です。
もう4年になります。
あの前日、
つまり9月5日に母のかすかな意識の最後に手を握り合ったのが娘でした。
学校の行事に重ならないように(試験とか卒業イベントとか)
本当に力を振り絞るように命を保って、
卒業記念登山を終えるのを待つように翌日に亡くなりました。
娘のことを何より大事に思っていた母でしたから。
友達との思い出になる行事には参加させたかったのでしょう。
夫の仕事にも息子たちにも、葬式で最大限迷惑をかけないような日にち廻りでした。
  (私は大変でしたけど・・・)
その娘が遠くの大学ではなく
二次志望の地元の大学に行くことになった時
「きっと母の陰謀だよ」なんて言ったものでしたが
さらに大学院に行くことになり
私たちの手元でもう少し、楽しませてもらえるようになったとは
それも母の陰謀に違いないと
急に思いつきました。
大学院合格の知らせが来たのは、昨日9月5日でした。

  
あの人のことだから、ぺろりと舌を出しているんじゃないかな・・・?

「○○ちゃん、遠くになんてやれねぇてぇ!」(○○ちゃんを遠くになんてやれないよ)
そう言っているに違いありません。

恐るべし、母の念力。

亡くなってもう4年にもなるのに、
未だ私の中で、妄想ヨロシク生きている母です。

 ブログで知り合った皆様
その節は本当にありがとうございました。
あれからもう4年ですよ!
早いですねぇ~。

プロフィール

クコナツ

Author:クコナツ
新潟市在住 主婦
夫との2人暮らし
10年前、近郊にぼろいセカンドハウスを買い、週末は夫と共にその整備をしています。
趣味=テニス・家事・園芸
2009/12/10上腕部を骨折した事をきっかけにブログを始めました。
骨折は治りましたが、あたふた暮らしています。

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