FC2ブログ

ニュースを見て

このところ、北朝鮮への経済制裁の話題がTVで頻繁に報道されているけれど
「万景峰号」という言葉も頻繁に聞かれます。
今日もニュースで万景峰号が出ました。
IMG_1986.jpg

万景峰号は北朝鮮と日本をつなぐ連絡船で
日本側の唯一(多分)の寄港地は新潟港です。
今、県知事は拉致の問題の解決の目処が立たないうちは
寄港を許可しない方針を表明しています。

それだけではなく、新潟は北朝鮮との関係が深く、
かつて在日朝鮮人の人達が北朝鮮へ帰国するのは唯一(多分)、新潟港からでした。
多くの朝鮮人とその配偶者が新潟から当時、夢の国と言われた北朝鮮へ帰国しました。

遥か昔のことですが
私の同級生のK君はお父さんが朝鮮人でお母さんが日本人
貧しい日本での暮らしより
その夢の国のように豊かな北朝鮮へ行くといって
小学2年生の時、北朝鮮へ渡りました。
お母さんは私のふるさとの出身でしたから、当時その話題で町はもちきりでした。

子供には詳しいことは解らず
ただ遊び仲間のK君が遠いところへ行く
もしかしたらもう二度と会えないところらしいというので
遊びの合間に、何だか寂しい気持ちになったことをよく覚えています。
いよいよ新潟へ旅立つという日
駅は見送りの人たちでごった返し、
私たち子供も、先生と駅で見送りました。
先生の高揚した声や言葉、事態がよくわかっていない子供たちのはしゃいだ様子
雑踏の中でのその光景を、今もおぼろげに覚えています。

私の母はK君のお母さんとも顔見知りだったものだから
あっちこっちで情報を集めてきて
「夢のような国で、みんなが働かなくても幸せで暮らしているなんてことは
ないと思うよぉ~!」と持論を展開していました。
町の人の中には、そんないいところなら自分も行きたいなんていう輩もいたらしいですから。

あれからいったい何十年経ったんだろう?
K君は北朝鮮でどうしているんだろう?
何もなければまだ死ぬ年ではないだろうに・・・
お母さんは親兄弟と別れて、幸せな一生だったんだろうか?

北朝鮮の話題が出ると、
私はあの駅で見送りをした時の人々のざわめきと
懐かしい緑豊かな田んぼの間を、友達たちと駆け回って遊んでいたあの頃と、K君の顔をふと思い出します。

未だに内情がよく分からず、自由に行き来のできない国、北朝鮮。
横田めぐみさんが拉致された時
同じ街に住んでいた私は、多くの新潟県人と同様
北朝鮮による拉致事件には強い思いがあり
今も拉致現場を通る時、胸の痛みを感じます。

同じ時代に生きて、こんな人生を送ることになってしまった人々

一刻も早く解決し、笑顔になって欲しい。
相手のわからないものへの強い怒りと自分が今いるところの幸せを思うとき
ただただ手を合わせ、頭を垂れて祈るだけです。
スポンサーサイト

プロフィール

クコナツ

Author:クコナツ
新潟市在住 主婦
夫との2人暮らし
10年前、近郊にぼろいセカンドハウスを買い、週末は夫と共にその整備をしています。
趣味=テニス・家事・園芸
2009/12/10上腕部を骨折した事をきっかけにブログを始めました。
骨折は治りましたが、あたふた暮らしています。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

道のり

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも一覧


自然治療法医の子育て 思わずにっこり!パラダイス日記

姫っちのお庭

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード