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え?

朝テレビを付けていたら
福島、浪江町、相馬焼、…の言葉が聞こえてきました。
何気に見てたら
「あれ?あれって私が福島に行った時
お別れにいただいたものと同じじゃない?」

「そうだ!確かにあれだ!」と思って

今回カントリーハウスに行くとすぐに
見てみました。
やっぱりそう・・・・

IMG_7421.jpg

テレビによれば
浪江町大堀地区で300年以上の伝統を持つ伝統工芸品
「大堀相馬焼」

特徴は
 ・表面のヒビ
 ・走り駒
 ・二重焼き(二重構造で冷めにくい)

ぴったり合ってるじゃない!

     IMG_7422_2021032120343333b.jpg

IMG_7425_20210321203459bff.jpg


私が福島を去るとき
非番の若い子が、「どこそこへ買いに行ってくれた」ということだけは覚えているのですが
中身は帰ってから見たし
そんないわれのあるものとは、思わなかった。

今大堀地区には人が入れず
窯元も減って、再開した窯元も、ほかの地区での
再開らしい。

どこの家でも普通に見られモノでしょうに
多分避難したところへ持ち出した人はわずかだろうし
放射線量が高くて持ち出せない人も多いでしょう。

私はとても貴重なものをいただいたのだった。

大事に使おう!
そう思いました。
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3・11の事

今日は関連のニュースを見るのも聞くのも
極力避けてしまいました。
辛過ぎる、、、。

あの日、仕事でいた場所
それは今入院している娘の病院
まさか10年後にそこに又居合わせることになろうとは。

やろうと思ってもできない。

今日は車の中で1分間黙祷しました。
20210312051244416.jpeg


生き残った人も
亡くなった人も
心穏やかにありますように、、、。

南相馬で知り合った若いスタッフからLINEが来て
新しい絆を感じました。
ずっと応援してるからね、、と心で伝えました。
未婚の彼女の未来は長い。

家に帰ると
むすめの作りかけのフェルト手芸が
完成品と共に待っていました。

20210312051748510.jpeg

日を浴びて生き生き。
ここにも未来がある。
新しく生まれた命
そしてそれと共に生きて行く人生。

震災は大変な出来事だったけど
何かを分断したわけじゃない
次の世代への道は繋がって
流れている。
私も前を向いていこう
と改めて思いました。
だから余計にテレビもラジオも見聞きしたくなかったのかもしれない・・・・・

10年・・・・

又強い地震がありました。
相馬に住む友人に連絡を取ってみたら
南相馬はモノがひっくり返った程度だったけど
相馬はもっとひどいみたいと言ってました。

相馬市は私が休みの度に、冒険に行ったところ。
道の駅や日帰り温泉もあり
思い出深い場所です。

今朝の新聞に被災地区の区長さんのコメントが載っていましたが
そこは
途中、国道を避け海沿いの道を走り
人気のないところで
導かれるように高台に上がり、遺体のあった証の白い旗を見た場所です。
20160321202022c01[1]
こういう不思議な体験をした時って
周りに本当に人っ子一人いなくて
車が1台も通らないんです。
何とも言えない不思議な空間。
そしてたった一人でも不思議と怖いと思わない。
穏やかな優しい風が吹いている・・・・

区長さんのお話では今回の地震で
墓石や灯篭が倒れたって・・・・・

10年経ってもまだ余震・・・・・
歴史の中で10年なんてほんの一瞬の長さなんだってわかりますね。

でも人の一生の中では別ものです。
私の人生の中で、経験したことは重いし
出会った人たちとの時間は宝物です。

コロナが治まったら、またきっと行こう!福島へ・・・
亡くなった人たちもきっと、迎えてくれると思う。

懐かしのフクシマ

昨日はバカみたいに動き回って
また急に立ち上がれなくなったら困ると
慌てて今日はあまり動かないように
午後は年賀状の為に住所整理などしました。

その中で
南相馬の友人から「郡山から相馬に移った」という知らせが来てたよなと
連絡はがきを探し出し
住所変更しました。

思えば彼女は一体何回、引越ししたんだろ?
浪江町の家は、未だ簡単には立ち入れられない状態で
もうボロボロ。
ご両親やお姉さん一家とも県内各所に離散。

大震災より原発のせいです。

また逢いたいな、また行きたいな、温かい人たちが暮らす街。

ついでに行くたびに私が会いに行っていた
「鹿島の一本松」はどうしたかな?と調べてみたら
だいぶ前に伐採されたみたいですね。
あの地区は何十人もの人が津波で亡くなった場所。
私は行く度に、あの場所で何かを感じました。
何万本の松の中でたった一本残った松は
見上げると不思議な感じがしました。
でももう行ってもないんだ。
あのあたりは太陽光発電の場所になっているとか・・・
変わっちゃったんだろうな。

もう来年で10年だもの・・・・
コロナが落ち着いたら、また行ってみよう。
懐かしいフクシマ・・・・

今のフクシマ

朝、テレビ体操をするためにテレビを付けたら
なんと!懐かしい南相馬が出てました。

私が行くたびに訪ねていた「一本松」のあたり・・・
一匹の猫がじっと座って
私の方を見ていたあの場所あたり
広い広い田んぼだったところ
今は東北有数のソーラーパネルによる太陽光発電の場所になっていました。
画面がすぐ消えて、一本松らしき姿は一瞬しか見えなかった。

言っておくけど
あの場所はたくさんの遺体が散乱してた場所なんだよ。

画面にはそれから人気のない双葉町(9年半たった今でも!)や
大熊町が出て
今も立ち入り禁止区域なんだと知りました。
なぜかって放射能汚染されているから・・・・。
私が何度も通った国道6号線(地元民は高速が無料だけど、私はケチだから)は
未だに人が歩いてIMG_0233_20200927175310d29.jpg
はいけない(放射線量が高いから)区間があるんだ!

私が通った時も車ならOKだったけど
未だに?
今も人が歩いてはいけないの?

9年半たってもです。
これでもなお、原子力発電を進めていこうという姿勢には
どうしても納得いかない。

私が知り合った人はみな
何かしらの地震以外の影響を受けていました。
自分の家に未だに立ち入れない人、家は壊れてないのに。
家族が離散した人
今も心を病んでいる人

その傷の大きさを考えた時
そして廃炉にかかる年月と費用を考えた時
これでいいわけないだろうと思います。

だんだん風化してきているけど、一番忘れてならなくて
考えなくてはならないのは
大災害の事じゃなくて原発問題じゃない?

「あの日の事、今始めた話しました」と言って泣いた後輩のことを思い出しました。
忘れてはいけない、彼女の涙。

プロフィール

クコナツ

Author:クコナツ
新潟市在住 主婦
夫との2人暮らし
10年前、近郊にぼろいセカンドハウスを買い、週末は夫と共にその整備をしています。
趣味=テニス・家事・園芸
2009/12/10上腕部を骨折した事をきっかけにブログを始めました。
骨折は治りましたが、あたふた暮らしています。

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